指先から溢れるほどの愛を

何とも無茶苦茶なその提案に、言いたいことは色々あった。

何その根拠のない"大丈夫"は、とか、鳩にフン落とされてどこがツイてるの、とか。

それに内定取れなかったら来るなとかひどくない?そもそも紬出版の倍率がどれほどのものか分かってるの?とか。

ひょっとしてお礼を受け取る気がないからわざとそういう無理めな条件を持ち出してる?とか。

でも畳み掛けられるように紡がれた言葉の最後に名前を問われてしまえば、名刺を受け取りながらも渋々答えざるを得ない。


「ミーコね。んじゃミーコ、次回のご予約お待ちしておりまーす」


初対面なのにいきなりサラッと名前で呼んで来る所はさすが美容師、チャラいというか何というか……。


「っていうかミーコじゃなくて……っ」


にっこり悪戯っぽく笑った彼は、私に訂正する隙も与えずに藍色のアンティーク格子戸を開け、有無を言わせず私を外へと追い出したのだった。

何だか腑に落ちないまま貰った名刺に視線を落とせば、そこには『ヘアサロンC’est la vie オーナー兼トップスタイリスト 坂崎 竜』と書いてあった。