「義母の納骨の後で お手伝いさんには 辞めてもらっていたから。日中は 私 義父と二人でいる時間が増えたの。廣澤の義父は 一代で会社を興した人だから 厳しい所はあったけど。それだけに 社会を知っていたし。周りが見える人だったわ。

昼間 お茶を飲みながら 廣澤の義父は 色々話してくれたわ。政之さんのこととか。私達が 結婚する時のことなんか。義父は おしゃべりな人じゃなかったけど。昔を懐かしむ年齢になっていたのね。」


「一人で 私の実家に行ったときのことを 詳しく 聞かせてくれたり。私が初めて この家に来た日のことも 話してくれたわ。

『あの時 お義父さん、私に会って がっかりしてたでしょう。』

『がっかり…? いや。そんなことないよ。悦ちゃんのことは きちんとした 良い娘さんだと思ったよ。たから 可哀そうだったんだよ。』

『可哀そう…ですか?』

『ああ。悦ちゃんなら どんな家でも 喜んで迎えられるだろうに。政之に選ばれたばかりに 嫌な思いをしてしまうなって思ったんだよ。』

『あの時、お義父さん 憐れんだ目で 私を見ていましたよね? 身の程知らずに 政之さんと 結婚したいと思う私を 憐れんでいると思っていました。』


『いや、そうじゃなくて。政之の結婚相手は 別の人を考えていたんだ。悦ちゃんじゃなくても 許すつもりは なかったんだよ。だから 可哀そうだって 思ったんだ。悦ちゃんは 他の人を選べば 反対されることも なかっただろうに。』

『そうだったんですか。私も、本当に 政之さんと 結婚できるとは 思ってませんでした。』

『政之の意思は 硬かったからね。私は 結婚なんて 誰としても 同じだと思っていたんだよ。だから 政之の気持ちが 理解できなかった。』

『誰としても、って訳には いかないでしょう。』

『私達の時代は みんなそういう風に 結婚していたからね。本人の意思なんて 二の次で。家同士で決めた人と 見合いして。よっぽどのことがなければ そのまま結婚していたんだ。それでも 普通にやってきてたから。政之も そうするつもりでいたんだ。』

『今みたいに 自由に 相手を選ぶなんて できなかったんですね。』


そんな風に 世間話しをしている時でも 廣澤の義父は 理路整然としていてねぇ。大きな仕事を成し遂げてきた人は 高齢になっても違うな、なんて 私は思っていたの。」


「義父は 義母の4年後に亡くなったんだけどね。倒れる数ヵ月前に 

『悦ちゃん、お祖母さんと秀子が 酷いことをして 申し訳なかったね。』って。突然、私に謝ってくれたの。秀子って お義姉さんの名前なんだけど。名前を聞くだけでも 私、お義姉さんに対する 嫌な気持ちを思い出したわ。

『お義父さん… 謝ったりしないでください。お義父さんが 悪いわけじゃないんですから。』って言ったけど。

昔、お義姉さんが 帰省する夏、私は 軽井沢に行っていたから。私が お義姉さんを避けていることは 義父も知っていたと思うけど。まさか、正面から 謝られるとは 思ってなかったからね、私。とっても驚いたわ。」


お母様の目は スーッと赤くなって 潤んでいた。


お祖父様の言葉を お母様は どんな風に感じたのか。

お祖母様と伯母様のことは まだ 涙が滲んでしまうくらい 

お母様にとって 辛いことだと 私は 思った。