「私の実家は 東京の下町でね。深川って知ってる?」

「はい。随分 変わりましたよね あの辺。」

お姉様の言葉に お母様は 優しい笑顔になる。


「そうね。最近は 近代的な街になったけど。私が 育った頃は もっと素朴な 本当の下町だったの。私の両親は そこで荒物屋をやっていたの。」

「荒物屋って わかる? 箒やバケツやヤカンを 売っているお店。今は ホームセンターで売っているけど。当時は そういう物も 近所の 小さなお店で 買っていたのよ。私 “ 荒物屋の悦ちゃん ″ って呼ばれていたの、ご近所で。」


「私の父は 手先が器用だったから 靴やカバンの修理も請負っていて。母は 洋裁ができたから よく仕立物をしていたわ。ほら、荒物屋なんて そんなに忙しい商売じゃないでしょう。ひっきりなしに お客さんが来るわけじゃないし。店番をしながら 少しでも稼がないと 家族の生活が 成り立たなかったの。」


私は 自分の実家を 思い出しながら

お母様の話しを 聞いていた。


私の実家も 貧しいクリーニング屋で。

父も母も 寸暇を惜しんで 働いていた。


「そういう時代 だったのかもしれないけど。下町って すごく情が厚くてね。ご近所がみんなで 助け合っていたの。みんなが 親戚みたいで。フフッ。学校から帰ると 必ず誰か 家にいるのよ。店の奥で 勝手に お茶を飲んでいて。それで 夕方になると どこかから おかずが届くの。夏の夜は 道路に縁台を出して 寝るまでの時間 涼むの。私 今でも 蚊取り線香の匂いがすると 実家を思い出すわ。」


「前に 麻有ちゃんは 実家が貧しくて ずっとイヤだったって 言ったけど。私の家も 貧しかったのよ。でも私 そんな生活が 大好きだった。ご近所、みんなが 同じように貧しくて。みんなが 家族みたいに 深く繋がっていて。誰かが 困ったら みんなで助けて。どこの子供でも 悪さをしたら 叱って。親が何人もいるみたいなものよ、子供にとっては。学校から帰ってくると 通りじゅうから “ おかえり ” って 声がかかるの。」