「お義姉さんに 初めて会ったのは 紀之が 1才になる少し前だったわ。お義兄さんの 海外赴任に同行していて 私達の結婚式にも 出席できなかったから。赴任先が変わるタイミングで 帰国して。しばらく ここに居ることになったの。
その日 お義姉さん一家が ここに 着いたのは 夕方だったわ。私 玄関で お迎えして。
『はじめまして。悦子です。よろしくお願いします。』って ご挨拶したの。初対面だったから。どんなお義姉さんかな、とか。仲良くなれるかな、とか。結構 楽しみにしていたんだけど。その時ね、お義姉さん 私を完全に無視したの。目も合わせないで。まるで 私が そこにいないみたいに。“えっ?”って。私 驚いちゃって。お義姉さんを 取り繕うみたいに お義兄さんが 
『こちらこそ、よろしくお願いします。』って。私に お辞儀してくれたけど。私 呆気にとられていて。お義兄さんに きちんとご挨拶 できなかったわ。」


「大人の人が あんな風に露骨に 無視するなんて 初めてだったから。ただ 驚いてしまって。私 何かしたかしらって 考えてみるんだけど。初対面だもの。何もするわけないじゃない。どうして? どうして?って。頭の中が 真っ白になって。私 紀之を抱いたまま 廊下に 立ち尽くしていたの。
義母を先頭に 3人は 奥に入って行って。お義兄さんが姪の手を引いて。
『長旅だったから 疲れたでしょう。お風呂の用意 できてるわよ。』って 義母が言うと
『私達 食事は客間で頂くわ。そっちに 準備してちょうだい。』って お義姉さんが女中さんに 言っていて。
その光景、今でも鮮やかに 覚えているの。50年近く経つのにねぇ。何度も見た ドラマのシーンみたいに。私って 案外 執念深いのよ。フフッ。その時 抱いていた紀之に 髪の毛を 引っ張っられて 私、ハッとして 我に返ったの。でも もう お義姉さん達の 後を追う気には なれなくて。そのまま 自分達の部屋に こもって。政之さんが 帰ってくるのを 待ったわ。」


「お義姉さん達 久しぶりの日本だからって 午後中かけて お料理作ったのよ。お赤飯を蒸かしたり。天ぷらを揚げたり。お義母さんの決めた献立通りに。私も 女中さんと一緒に ご馳走を作ったのよ。それなのに お義姉さんは お礼を言うどころか 私の存在を 完全に消したの。最初は ただ驚いたけど。だんだん 考えていると 頭にきて。悔しいやら 悲しいやら。
廣澤の義母は そんな態度の お義姉さんを たしなめることもしないし。部屋に入ったままの 私が 呼ばれることはなくて。私 義母に対しても 不信感でいっぱいになっていて。それまでは 結構 仲良くできていたから。」