「それから 私達は 正式に婚約したの。政之さんに ” 結婚しよう ” って 言われたのは 春先だったのに。すっかり 銀杏の季節に なっていたわ。そこまで たどり着くのに 半年くらい かかったの。
結婚に係る しきたりも 色々あって。しかも 廣澤の家は 格式を重んじるから。仰々しくて 驚いたわ。
前の年に 私の兄が 結婚したんだけど 全部 簡素にしていたから。私、そこまで 堅苦しいとは 思っていなかったの。正式に お仲人さんが ウチを訪ねて来て。これからの 段取りなんかを 説明してくれて。翌年の春に 結婚式を決めて。
結納金も 相場とは 桁違いに頂いたのよ。両親は 恥ずかしくないような 嫁入り道具を 揃えないとって 必死だったわ。
私は 仕事を辞めて お料理や 生け花を習いに行って。母に 洋裁を教えてもらったり。一生懸命 花嫁修業をしたの。フフッ、たった半年間だけどね。」


「私が お料理教室の帰りに 商店街を通ると みんなが “ おめでとう ” って 声を掛けてくれるのよ。” 悦ちゃん 綺麗になったね ” とか ” 今が一番 良い時だね ” なんて 冷やかされて。嬉しいような、恥ずかしいような。そういう 気軽な付き合いも もうなくなるんだなぁ、なんて思うと ちょっと寂しかったけど。
私の親は 廣澤の家で やっていけるのか すごく 心配してたわ。私は 案外 軽く考えていたけど。根が楽天家だから。“ なるようになるさ ” って。それに私 政之さんと結婚できることが 本当に 嬉しかったの。だから 絶対に頑張っていけるって 思っていたわ。」


「私ね、政之さんのこと すごく信頼していたの。この人に 付いて行けば 絶対に大丈夫って。
政之さんって 大学生の頃から 気持ちに 浮き沈みがなくて。いつも 穏やかだったの。若い頃なんて みんな 自分の感情に 振り回されて 一喜一憂するのに。いつも朗らかで。回りに 嫌な印象を 与えない人だったの。
きっと すごく自制心が強いんだなぁって 思っていたのね。自分の感情を きちんと 律することができる人だって。だから 大丈夫って 思っていたの。
この人が 私を守るって 思っているのなら 本当に 守ってくれるだろうって。私も 政之さんのために 努力する覚悟は できていたし。」


“ 信頼 ” と ” 覚悟 ”

私は お母様の言う 言葉の重みを 感じていた。