「ある日 私が 仕事から帰ると 家が 妙に しんみりしていて。

『どうしたの?何か あったの?』って聞いたら、

『さっき 政之君のお父さんが 店に来たのよ。』って。母が 黄色い声で言うの。

『えっ?何しに来たの?』って。私 すごく驚いちゃって。

『最初 お客さんみたいに 店に入って来るから。何かお探しですか?って 聞いちゃったわよ、私。きちんと背広来て この辺では 見かけない人だったけど。入口の所で 如雨露を見ていたから。その如雨露は 水がたくさん入るから 重宝しますよ、って。売り込んじゃったのよ。』母は 興奮気味だったけど 父は 少し落ち着いて見えたわ。

『お父さん 政之君のお義父さんと 何話したの?』って 私は 父に聞いたの。

『悦子。政之君のお父さんは たいした人物だよ。』って。父は それだけ言って 詳しくは 話してくれなかったの。

『えっ?どういうこと?』って 私が何度聞いても 軽く首を振るだけで。」


「私が 廣澤の義父から その時の話しを 聞いたのは 義父が 亡くなる数年前だったわ。廣澤の義父は 私の父が
『大切に育てた 政之君を 親から取り上げることはできない。しかも その片棒を 悦子に担がせるなんて 絶対に 許せない 』って言ったことを 政之さんから聞いていたのね。

『悦ちゃんの実家は 裕福じゃないけど 心根は お父さんよりも ずっと豊かで 正義のわかる人だよ。』って 政之さんは 言っていたみたいで。

廣澤の義父は 私の親に 興味を持ったらしいの。ほら 興信所で調べても 悪いこと 言われなかったじゃない?ご近所とも 仲良くやっていたから…フフッ。」