「仕事が始まると 学生の頃のように 毎日は 会えなかったけど。夜は 電話で話して。日曜には 会うようにしていたわ。お互いの 仕事のことを 話したり。時々は 息抜きに ドライブしたり。お父さん、少しずつ 大人っぽく なっていくの。ほら 同じ年の男子って 学生の時は 幼く感じるじゃない。それが いつの間にか 逆転していて。フフッ。社会を知っていく 責任感とか。頼りになる感じが 嬉しかったわ。」


「就職して 2年が過ぎた頃 お父さんに『そろそろ 結婚しようか。』って言われたの。私、『はい。』って答えて 嬉しかったけど。いよいよ 来たかって感じ。何も 決めないで 付き合っている時間は ただ 楽しくて。これが 続けばいいって 本気で 思っていたから。でも 同級生も 結婚し始めていて。いつまでも このままでは いられないってことも わかっていたのね。私 自分の親にも お父さんの会社のことは 言ってなかったから。これから どんなことが 始まるのか 考えるのが 怖かったわ。」


「政之さんが 私の両親に 結婚の挨拶に来て。初めて 廣澤工業のことを 話したら 私の父が 結婚に反対してねぇ…ちょっと 予想外だったわ。まぁ 今なら わかるんだけどね、親の気持ち。あまりにも かけ離れた環境に 娘を出したくないじゃない。きっと あなた達のご両親も 同じ思いだったと思うわ。でも その頃の私は そこまで考えていなくて。自分の親が 反対する理由が 理解できなかったの。

『ウチは 貧しい荒物屋だけど 悦子のことは 大切に育ててきたから 悦子を 望んでくれる家に 嫁がせたい。』って 父が言うの。

『多分 政之君のご両親は 悦子を嫁には 望まないだろう。そういう家に 悦子を預けることは できない。』って。

父の気持ちは 嬉しかったけど。まさか ここで反対されると 思ってなかったから。せめて 私の親には 味方になって ほしかったのに。私 呆然としたわ。」


「政之さんが私の父に 

『僕の両親は 必ず説得します。もし どうしても反対するのなら 僕は 家を出て 悦ちゃんと2人で 新しい家庭を 築きます。』って言って 頭を下げたの。

『その時は 私も働いて 政之君を 助けるから。』って。私も言ったわ。

それで 政之さんと一緒に 頭を下げたの。私ね…正直言うと そういう生活も いいなって 思っていたの。贅沢はできないけど 気兼ねなく暮らしていけるじゃない。もしかして 私の父も その方が 喜ぶんじゃないかって 思っていたの。」


「でもねぇ…

『俺が 悦子のことを可愛いように 政之君の親御さんも 政之君を 大事に思っているだろう。そういう親御さんから 政之君を 取り上げるなんて できない。しかも その片棒を 悦子に担がせることは 絶対に 許せない。』って。父に言われて。

私 驚いて 父の顔を見たわ。父は 興奮している様子もなく 冷静な顔で 私に頷いたの。私 その時の父の顔 ずっと 忘れられなくて。今でも 覚えているわ。」


お母様は お父様のことを “ 政之さん ” と呼んで

自分の父親と 区別して 話してくれた。