お気に入りの窓側の席。
隣の神山くんはずっと来ていないから休み時間も静かだ。
神山くんは、去年の冬に1個上の先輩と喧嘩になってからあまり学校に来なくなっていた。
たまに神山くんが来ることもあるが、神山くんを怖がる人がたくさんいたため周りに人が集まることはない。
いじめられている私にはとても都合のいい場所だった。
だけど、この席はもう今日でさよなら。
クラスの中心にいる、いわゆる陽キャラたちが席替えしたいと言い出し、急遽席替えをすることになってしまったからだ。
後ろの席がいいでーすとか、窓側じゃないと嫌だとか、もうすぐ定年を迎えるおじいちゃん先生の耳には全く届いてない。
変に真ん中とかになって陽キャラの近くになってしまえば、今よりもいじめは増えるだろう。
なんだろう、嫌な予感がする。
お願いだからせめて端っこであれと願いを込めながら引いたくじには真ん中の列の前から3番目と書いてあった。
はぁ、最悪だ。
しかも前の席は陽キャラの中の中心にいる男子だった。
本当ツイてない。
新しい席に座った私を見て男子は私に聞こえるように舌打ちをした。
大丈夫。
こんなのもう慣れた。
「うーわ、俺黒瀬の前の席なんだけど笑」
また何か言ってる。
私のことなんか無視しとけばいいのに。
「かわいそーっ!どんまーい笑」
陽キャラ女子も私をバカにしたような目で見てくる。
他のクラスメイトはできるだけ巻き込まれないように下を向くか、他の友達と話していて全く私を助けようとしない。
おじいちゃん先生も最初は注意してくれたが、聞く耳を持たない陽キャラに、今はもう注意をする素振りすら見せない。
いじめは良くない、いじめは絶対にしてはいけないとあれだけ道徳の時間に語るくせにいざいじめが起こると何もしないとか意味ない。
というか今さら先生が注意しても遅いけど。
「はい、じゃあ今日はもう帰りなんですけど」
声の通らないおじいちゃん先生が話を始めた。
「今日この後会議で先生忙しくて…」
誰も聞く耳を持たず、クラスメイトはそれぞれ友達と話している。
「誰か神山の家にプリントを届けて欲しいんだけど届けてくれる人いますか」
誰も手をあげない。
そりゃそうだ。
聞いてないというのもあるが、届ける相手が神山くんっていうだけで気が引ける。
私も神山くんとは席が隣だったが、学校にあまり来ておらず話したこともない。
噂を全部信じているわけではないが見た目から怖く、話しかけたいと思う相手でもなかった。
先生と目が合う。
「誰か届けに行ってくれる人ー」
もう一度先生は問いかけてみるが誰も手をあげない。
「せんせー、もう帰りたいんですけど」
「誰か届けに行ってくれる人が見つかるまで帰れないんだ」
陽キャラ女子はこっちを向いた。
絶対何か企んでる。
「えー、じゃあ黒瀬に頼めば笑」
なんでそうなるの。
おいそれはやめてやれよと嘲笑う声が聞こえる。
なんで私だけ毎回こんな目に遭わなきゃいけないの。
「申し訳ないが神山の家に届けに行ってくれないか」
席替えで気分は憂鬱だっていうのに。
もう断れない雰囲気になってる。
ここで断ってしまえば絶対また何か言われる。
やりたくない、けどやらなくちゃならない。
私は泣きそうになるのをぐっと堪えて「はい」と小さく答えた。