「……」

 翌朝。音のない船室。空には上下左右とも一切の雲もなく、我が物顔の初夏の太陽が、沈黙の飛行船を照らしている。

 あれから合わせる顔がないと思ったのか、ラヴェルはカプセルに籠もり朝まで出てこなかった。あたしも恐怖と衝撃が大き過ぎて、やっと身を起こせるようになるまでに時間が掛かり、とにかく全てを洗い流したいとシャワールームにどれくらい入っていたのか……食欲も睡眠欲も現れず、朝までただぼぉっと夜空を眺めていた。けれどあんな事件の起きたチェストには近付く気持ちになれなくて、テーブルセットの椅子を窓際に寄せ、温かな光を灯すアロマランプの香りに癒されていた。

「昨夜は……ごめん……」

 ずっと遠くの背後から小さな声が謝った。ラヴェル……起きたんだ。どうしよう……どんな顔をしてどんな返事をして、あたしは振り向いたらいいの?

「気にしないで……いいよ。あれ……あんたの仕業じゃないわよね。スティって誰? ウルって?? 何が遭ったの? あんたの中で何が起こったの?」
「……」

 何とか言葉は返したけれど、振り返ることは出来なかった。

「あれは──」

 と、消極気味にラヴェルがあたしの背に答えようとした矢先、キッチン横の扉に付けられた無線スピーカーから大きな声が呼び掛けた。

『ヤッホー! 可愛い弟ちゃーん! タラねえ様のお帰りヨーン!!』
「えぇ……?」

 タ……タラさん!? 少し高めの良く通る綺麗な声だけど、そ、その台詞は一体何!?

「タラ! やった……間に合ってくれた!!」

 驚き身体を反転させたあたしのドングリ(まなこ)に、ホッとしたようなあいつの横顔が映った。「先刻(さっき)の件、ちゃんと後で説明するから」──そう言ったラヴェルは慌てて操船室へ駆け出す。何はともあれ走れるほど元気になったのは良かったわよ。