「……や……めろ……!」

 その時あたしの心の叫びが通じたように、普段のあいつの声が幽かに現れた。同時に襟元を開こうとする指先も直ちに止められた。

「ほぉ……まだそんな力が残っていたか」

 再びの低い掠れた声。ラヴェルの肉体の中で二つの人格が会話をしているなんて……!

「あなたにとっても……大切な女性の筈だ……スティ」

 スティ? 

 そう呼ばれた余裕のある忌々(いまいま)しい音声に対して、ラヴェルの本来の声は(いちじる)しく苦しそうだった。どういうこと? 大切って誰のこと??

「そうさ……この世で一番欲しい女だ。が、その前にお前に味わわせてやろうと言うのじゃないか……私に感謝したらどうだ?」

 その台詞と共に、再び右手が動き出した。露わになったデコルテが、ラヴェルの大きな掌に一瞬触れられ、けれど抵抗を試みたあいつの力で今一度持ち上げられた。

「こんなに心地良いのに。どうしてお前は触れない? ウル」
「……これ以上……彼女に触れる資格なんて……ないからだ……スティ、あなたも」
「──ふん。面白い」

 鼻に掛かった最後の言葉が吐き出された後、急にいつものラヴェルが戻ってきた。もちろんこんな行為の後に、あのにこやかな笑顔が返された訳じゃない。でも瞬間気付く。この雰囲気、本物のあいつだ。

「ごめん……本当に。本当にごめん……」

 ──涙?

 両腕が解放され、チェストの上で脱力したままのあたしの頬に、一雫水玉が落ちてきた。

 それから疲れたように立ち上がったラヴェルは、髪で顔を隠しながら後ろを向き、数歩進んだ先の壁を拳で一発叩いた。

「タラ……早く来てくれ!」

 そんな祈りの叫びを窓の向こうへ吐き出しながら──。