「どうやら君には陰になって見えないようだな……親切に明かりを灯してやるんだ。感謝してくれよ……」

 ひゅう、と口笛のような息の音が聞こえ、ポッと右眼の端に仄かな光が生まれた。その光源が照らす真上の人物は……薄紫色の髪の先を、相変わらず黒々とさせている──『ラヴェル』だった──。

「あ……あ……」

 いつの間にか驚きが言葉になって洩れていた。ラヴェルだけど……ラヴェルじゃない? この声、この邪悪な(わら)い……こんな姿、今まで見たこともない!

「ふっ……驚愕の表情もなかなか良いじゃないか。もっとそんな顔を見せてやろうか? ウル」

 ラヴェルの右手があたしの手首から離れ、左手があたしの頭上で両手首を押さえつけた。自由になったあいつの右手人差指は、自由の利かないあたしの鎖骨真中を押し、そのまま胸元へと真っ直ぐ降りていった。

「いっ……ゃ──」

 怖ろし過ぎて声が出ない──。

「いいねぇ、その恐怖。ゾクゾクするよ……そうだろ? ウル」

 どういうこと……? 自分が『ウル』だと言いながら、『ウル』という誰かに問い掛けるような台詞を放つ……ラヴェルの中に別の人格が居るの? じゃあラヴェル本人は??

「愉しませてもらおうか──」

 右手が器用にボタンを外し始めて、あたしは慌てて(あらが)うように身体を左右へ振った。なのに脅威は止まらなくて、()()なくて……耳の真下にあいつの顔が近付き、鼻先を首筋に撫でつけながらスウっと息を吸う。「そう、この香りだ……快感だねぇ」そんな嘲笑うような囁きが聞こえて……嫌だっ、助けて! ラヴェル、ラヴェル! もしいつもの人格が眠っているのなら、早く目を覚まして!!