この夜はさすがになかなか眠れなかった。それでもいつの間にかうとうとはしたが、訪れてくれるのはどうにも浅い眠りだった。屋根裏部屋の小窓から差し込む月光に、何度瞳を向けただろう。六回目の目覚めの頃には淡い朝が近付き始めて、家畜の世話へと出掛けるのか、ロガールさんがリビングを経由し外へ出る音が小さく響いた。

 ラヴェル……まだ目覚めないだろうか。

 だるそうに起き上がり梯子を降りる。静かに寝室の扉を開いて、何も動く物のない薄暗がりを奥へと進んだ。まるで精巧な蝋人形のように、天井へ顔を向け横たわった肩の傍には、毛玉みたいに身体を丸め込んで眠るピータンが居た。

 次第に朝陽を包み込んだカーテンが、彼の枕元を薄っすらと照らし出す。意外に(まつげ)長いのね。ロガールさんの語ったラヴェルの髪の地色(うすむらさき)は、今でも洗い立てのようにサラサラと美しかった。

 でも……。

 その毛先に、あたしは愕然とする。三センチ程だった筈の黒い色が、倍はあろうかと浸蝕していた。こんなに……こんなに自分を犠牲にしてまで、こいつには負わなければならない責任があるの?

 昇る陽の光が眩しく思えてきたのか、ラヴェルがあたしの腰掛けるベッドサイドの方向へ寝返りを打った。良かった……意識はあるんだ。サイドの髪が覆うように頬に被さったので、あたしはつい無意識に手を伸ばしていた──が、

「ダメだよ、ユーシィ……君の手が(けが)れる」
「えっ!」

 サッとあたしの手首を掴んだラヴェルが、右眼だけを開いて微笑んでいた。