「ねぇ、ちょっと。あんたって……もしかして二重人格?」

 あたしは乗り込んだ飛行船のゴンドラ上階で、真ん中に陣取る白いテーブルに頬杖を突きぼやいていた。

 あれから早速旅支度をしたけれど、家庭菜園はほぼ壊滅状態であるし、花壇の植物はきっと自然に生き延びるだろう。幾つかの着回し出来る衣服と日用品を鞄に詰め込み、戸閉めだけはしっかりとした。隣家、とは言い難い程の遠く離れた仲良いおばさん夫婦は、ちょうど出掛けて留守にしていたので、『夏休み中は親戚宅に滞在します』とメモを挟むことにして。って……まぁ、親戚なんて居ないけどね。

「二重人格? まさか。自分はもちろん自分だけさ」

 そうして小一時間程度のあっさりとした準備と旅立ちを済ませ、「半硬式飛行船なんて今時珍しいわよねぇ~」なんて感心しながら辺りを見回している内に、ラヴェルは進行方向左脇のキッチンにて何やら調理を始めたのだけど、

「ユーシィ、ランチは何がいい? あのスープと合うのはやっぱりパスタかな?」

 ……ちょいと馴れ馴れしいのではないですか? ラヴェルさん……。

 さっきまでのバカ丁寧で優美だった執事風口調はすっかり消え去っていた。相変わらずにこやかな笑顔は変わらないけれど、まったく……それも“ユーシィ”って……。

 飛行船が離陸した途端現れたこの調子に、あたしはいささか戸惑い、そしてその呼び名はやめてと何度も喰らいついたが、どうしてなのか受け入れられなかった。あたしを“ユーシィ”と呼んで良い人は、後にも先にも『あの人』だけなのに──。