「ね……あいつはテイルさんの家を訪ねた時に何かを『盗む』って言ったの。それって何なの? あいつはテイルさんの家から何を盗んだの!?」
「……」

 ツパイは驚いたように口ごもった。瞬間以前交わした会話がグルグルとあたしの中を駆け巡った。そう……この旅の契約の際、あいつは言ったんだ……えと、確か……その或る物が手に入れば『なかったこと』に出来るって! 『なかったこと』にする為に、あいつは何かを盗んでいる──?

「まったく……彼らしい言い方ですね。盗むだなんて……」
「ツパイ、あたしには良く分からないけど、あいつはツパイの薬と自分の力を使って、テイルさんとアイガーから何かを盗み、それで元気にしたのね? 実際には盗んだんじゃなくて、二人からそれを取り除いて、自分が背負(しょ)い込んでる、そういうことなのね??」
「……はい」

 下半分しか表情の読み取れない(おもて)でさえも、ツパイが辛そうに切なそうに顔色を変えたことは分かった。苦々しく歪んだ口元と振り絞られた返事。何か、じゃない。きっとテイルさんからあいつは悲しみの素を盗んだんだ……じゃあ、アイガーからは?

「アイガーも愛する誰かを失ったの……?」

 あたしの唇はいつの間にか震えていた。どうして? どうしてラヴェルがそんなことをする必要があるのよ??

 ツパイの薄い唇は一度引き結ばれ、淡く長い息が吐き出された。やがて諦めたようにか細い声が紡がれた。

「ロガール様にはお一人ご子息がおられました。この地へ移られて主に家畜を世話しておられたのはそのお方です。ですから、アイガーの真の主人はロガール様ではなくご子息でした」
「息子さんはどうして……あっ、もしかして!」

 アイガーからご主人を奪ったのは──!!