『こいつ』はずっと淡い微笑を(たた)えたまま、あたしが供した紅茶に口を付けつつ、あたし、ならぬ『姫君』とやらに視線を戻す。

「そう……かも、知れませんね。自分はそれが手に入りさえすれば満足ですが。『なかったこと』にしたい何かが無いかと言えば、そうでもないと思われます」
「何かまどろっこしいわね」

 湯気の向こうの笑顔に少し苛立ちを覚えた。何故『こいつ』はこんなに優雅で──心を見せないんだろう。

「お約束出来るのは、貴女様を絶対に危険な目には遭わせないこと。それから旅の間の快適な衣食住、そして……先にお話した報酬です」

 ニッコリ弓なりに細められた目と口に、気付けばゴクリと唾を呑み込んでしまった。あれだけの金貨があれば──あたしは今秋から始まる技師の専門学校に入学出来る上、飛行船もきっと買える! この土地と我が家を売らずして!!

「約束はもう一つよ。今後一切決してあたしに手を出さないこと!! 以上を守ってくれるなら契約してあげてもいいわ。えっと……ああ……で、あんたの名前は?」
「ラヴェル、と申します、プリンセス。その追加事項もしかと」

 『ラヴェル』はそっと椅子を引いて立ち上がり、淑女に対する礼を捧げた。あたしも少し照れ臭そうにテーブルを挟んでそれに続き、

「あたしはユスリハ。約束、守らなかったら承知しないからね!」
「御意に」

 差し伸べたあたしの手が、ラヴェルのしなやかな掌で包まれた。
 


 ──契約完了! 旅が始まる!!