「でもラヴェル、貴方の記憶は十年前までのものでしょう? 彼女はその時まだ八歳でした。当時の面影がありましたか? ああ、いえ……フルネームを問い(ただ)したのですね?」

 どういうこと? どういうこと?? 八歳って……あの化け物に襲われた歳だ。化け物を知っているラヴェルは……あたしのことも知っている……?

「いや。名前を訊かなくても確信を得る方法が自分にはあるからね」
「まさかっ──!」

 途端珍しくツパイが声を荒げた。ああ、もう……何がどうなってるの!?

「そのまさかだよ。ユーシィに口づけた」
「ユスリハが貴方に、つっけんどんな理由が分かりました……」

 もう殆ど会話の意味は取れなかったけれど、ツパイがあたしに同情の意を示したことは理解が出来た。そうよ……やっぱりいきなりキスするなんて、まさしくどうかしてる!!

「いいんだよ、ツパ。自分は……ユーシィに好かれることなんて、きっとないから」
「──えっ」

 最後のあいつの淋しげな言葉に、ハテナだらけのあたしの脳ミソは、まだ何とかその内容を理解したらしかった。咄嗟に上げてしまった驚きの言葉を、口内に戻そうと慌てて塞いでみたけれど、案の定間に合う筈もなかった。

「……どうやらピンク色の可愛い夜光虫が飛んでいるみたいだ」

 あんた、時々カッコイイこと言うわよね……。

「ツパ、どうぞ? 脱線はこれくらいにして、お説教の続きを唱えて」

 ラヴェルは笑っているのか怒っているのかも分からない、抑揚のない声でそう告げたけれど、こちらを振り向くことはなかった。代わりに隣のツパイが振り返った刹那、あたしはその場から足早に立ち去った──。