『こいつ』の話はこうだ。

 『こいつ』はとある目的の為に旅をしていて、それはあと一ヶ月程で完了するらしい。契約とは、あたしの『腕』を買っての話で、その一ヶ月の同行を意味していた。

 あたしの祖父は優れた飛行船技師だった。幼い頃に両親を失ったこともあって、あたしは祖父に育てられながら、見よう見まねで技術を学んだ。いつもは優しい祖父だったけれど、飛行船のことになるともっぱら厳しくて! 良くどなられたっけ……それもポックリ逝ってしまった一ヶ月前までのことなのだけど。

「んで? あんたの『とある目的』ってのは教えてもらえないの?」

 あたしは招き入れたダイニングの木のテーブルに頬杖を突き、裏庭で採れたナッツを頬張りながら、目の前の『そいつ』に尋ねてみた。

「そうですね……出来れば、余り。現状お話し出来るのは、或る物を手に入れる為に向かっているということくらいですが、その或る物さえあれば……姫君の願いも叶いますよ」

 黒いマントを脱ぎ、それを壁の取っ手に掛けた『そいつ』の服装は、淡いブルーグレーの長袖とパンツ。いわゆる技術系の『つなぎ』風だけれど、もう少しウエストが締まっていて、スタイルが悪くないことは垣間見られた。

「願いって『なかったこと』にするってこと? それじゃあ、あんたも何かを『なかったこと』にしたい訳?」

 この『なかったこと』にする、を鼻から信じてはいないけれど、これを否定していたら話がちっとも進まないので、とにかくあたしは『こいつ』の言うことをスルーしないで進めていた。