しばらくあたしの驚きの(まなこ)は、自分の手中に感じる重みの素と、『そいつ』の初めて見せる不思議な表情に釘付けになっていた。

 が、それも数秒の内で、

「……あんた、相当イカレちゃってるの? それとも天然??」

 余りに突拍子もない申し出に対して、とうとうあたしは(あわれ)みと嘆きの言葉を掛けていた。

「いいえ。真っ正直に真剣ですよ。そして……真実です」

 やがてあたしの手首を掴んだ『そいつ』の手と逆の手が、金貨を握らせるように包み込んで、呆然と目が点になるあたしからゆっくりと離れていった。

「これから一ヶ月……自分と契約を結びませんか?」
「契約……?」

 つい(いぶか)しげな声を上げてしまう。『なかったこと』にするのに『契約』って……もしかして『こいつ』悪魔とか??

 ……どうやら、こちらまで頭がおかしくなってしまったようだ……。

 あたしはふぅと一つ疲れたように溜息を吐き出し、再び呆れた口調で続けた。

「あのねぇ、残念ながら時間は前にしか進まないのよ。どんな事もなかったことになんか出来る訳ないの。それに一ヶ月の契約って何よ。あ! まさかこの金貨もその報酬だって言うんじゃないわよね!?」

 言いながら自身の台詞に(おのの)いて、慌てて金貨を突き返そうと手を伸ばした。そうよ……幾ら飛行船の修理代と畑を駄目にした詫び料を含めたって、この金貨は多過ぎる。

「ああ、いえ……それは純粋に『お礼』です。お嬢様がご契約くだされば、その三倍はお支払い致しましょう」
「さ、三倍っ!?」

 それだけ有ったら……『此処』を売らなくても、行けるかも知れない……!

「ちょ、ちょっと、あんた! は、話だけなら聞いてあげても宜しくってよっ」

 あたしの唇はうわずりながら、既に目の裏には沢山の金貨が積み上げられていた──。



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