お茶を(たしな)むラヴェルを見詰めながら、あたしは次第に深層の淵へと漂っていった。

 ゆっくりと瞼が重くなって、首は垂れて、テーブルに乗せた両腕の上に()し掛かって……あのハーブは眠りを誘うカモミールだったのだろうか? ううん、違う……確か……ラヴェンダーだ──心を落ち着かせてくれる薄紫の液体。

 ラヴェルの髪色とウエストの瞳の色をした……でも……どうして? こんなにも眠い──

 ふわっと身体の浮遊する感覚を得て、あたしはラヴェルに抱き上げられ、運ばれているのだと気付いていた。寝台に連れていってくれるのだろうか。でもあんなに働いた今日一日の汚れを(ぬぐ)えていない……ブランケットに匂いが付いちゃう。

「ごめんね、ユーシィ」

 どうして謝るの?

 ラヴェルはあたしごとカプセルに入ったみたいだった。二人で入れるほど広かっただろうか? 背中に柔らかなお布団のぬくもり。自分を見下ろす漆黒の瞳。

 ああ……これって危機なんだろうな。意識はあるのに身体が動かないなんて……せめて眠りで包み込んでよ。何も思い出せない程に。

 明朝目が覚めたら、こいつはシラを切るんだろうか……それともまた言うの? 『なかったこと』にすればいいって。でもダメだよ……『なかったこと』なんて何処にも有り得ない。あるなら──父さんと母さんを返してほしい。テイルさんにも、レイさんを。

「おやすみ、愛しい人」

 いと……何て言った? 意識が揺らいで落ちてゆく。ラヴェルの親指があたしの唇をなぞった気がした。身体の上を逃げていく衣ずれ。足元でカーテンが引かれて扉が閉じて……ラヴェルの気配とあたしの思考は、そこで全て消え去った──。



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