「君は……パスティスを飲んだんだろ? 水を受けて白く変わったあのパスティスを……僕が君の水になるよ……色を変えて、またその上に書き綴ればいい」

 シアンの真剣な瞳が一歩タラに近付いた。その懸命な言葉と眼差しに、瞬間タラは後ろへ下がれなかった。シアンの両手がタラの肩を包み、その唇は──無理矢理オレンジ・レッドを手に入れた。

 刹那タラの中にあの熱い血が一巡し、逆流する感覚が(よみがえ)った。いや、実際には逆だ。先に逆流し、その血液は順流して、タラの心をストンと落ち着かせた。

 二人に停められていた周囲の人々から、冷やかしの口笛や賞賛の拍手が鳴り響く。やっと離れたお互いの唇から、想いが混じった吐息が零れた。

「僕は君に運命を感じたんだ……だから──」
「運命なんて、感じるものじゃないわ。運命は……切り開くものヨ」

 そうだ……そうして自分は『彼』を止めた。だから後悔はしていない。例えこの心に深い重みを、一生背負って生きることになると……分かっていたあの時でさえも──。

「タラっ!!」

 タラは落としてしまった荷物を拾い、(きびす)を返してシアンに背を向けた。既に入ってきていた列車に走り寄り、飛び乗った直後に扉は閉まった。

「タラっ!!」

 窓の向こうの彼女の背に、シアンは今一度大きく呼び掛けた。タラは振り返らなかったが、彼はホームの端まで走ることをやめなかった。



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