「……タラっ!!」
「え?」

 振り向いた先には、必死な形相で駆け寄るシアンの姿があった。

「ど、どうして?」

 寸前で急ブレーキを掛け、膝に手を突いて荒く息を吐くシアンの脳天に、ただ瞳を丸くする。

「……目が覚めたら……もう、君は居なかった……! 店はまだ開いていなかったから、訊ける相手は、あの占い婆さんしか居なくて……イチかバチかで行ってみたんだ! そしたら……故郷に戻るって挨拶してったって……ならば、駅か空港だろ? 君の国が何処かは知らないけど、僕はこっちに賭けてみたんだ!!」
「シアン……」

 やっとのことで此処までの推理を語ったシアンは、一度大きく息を吐き出し、呼吸を整え身を立てた。が、その面差しにはまだ焦燥と多少の憤慨が含まれていた。

「黙って帰ってゴメンナサイ。でも……」
「僕は一時(いっとき)(あそ)びを愉しむ為に、君に声を掛けた訳じゃないっ!」

 シアンの大声に周りの足並みが(とどこお)った。好奇心や戸惑いを持つ幾つもの視線が注がれ、タラは逆に冷静な声色で彼をたしなめた。

「お願い、落ち着いて……そんな風に勘繰って逃げてきたつもりはないわ。でも……ワタシのノートはもう真っ黒なのヨ。もう……誰も上書きなんて出来ないの」

 幾ら『彼』を止める為だったとしても、自分は『彼』の命を奪ったのだ。そんな行為をしてしまった辛い過去は、自分の心を闇に染めた。そして黒は……どんな色にも染まらない。