それから次第に色彩は沈み、橙色を(まと)っていたカランクは、薄紫に変えられていった。

 二人はその時間をただ無言で過ごした。じっと岩壁を見詰めるタラの横顔を、シアンは気付かれないように視界に入れた。やがて紫が闇の色で覆われた頃、首に巻いていたショールを広げ、露わになっている上腕を温めるよう、タラの肩を包み込んだ。

 ぽつりぽつりと会話が始まり、夕暮れ前のような楽しい(うたげ)が戻ってきた。二人の間の足元にランプを灯し、頭上からも淡い光がスポットライトのように注がれてくる。何時間此処に居るのだろう。二人は時計を見ることもなかった。東の空にあった月が、いつの間にか頭上まで昇った時、気付けばシアンは丸太をベッドに横になっていた。

 ──やっぱり、ワタシに勝てる相手は居なかったわネ……。

 真ん中の木皿を片付け、タラはシアンの頭を自分の太腿に乗せてやった。真下に気持ちの良さそうな赤らんだ寝顔と、その唇から小さな寝息が聞こえてくる。きっと明日は二日酔いになるのだろう。いや……もうその明日なのだろうか。

 海が静かなさざ波を立て、その上には満天の星空が煌めいていた。潮風は優しく夜の冷え込みは感じない。今この時、ヴェルが得た海岸も、同じ景色と空気に(いだ)かれているのだろうか。

 ──何だか、どうも、帰れそうネ。

 タラは夜空を見上げながら微笑んだ。あの薄紫を見ても、心が拒絶しなかったのだ。このタイミングを逃す手はないと思っていた。

 満たされた想いで海と空を眺めながら、何時間かが過ぎ去ったのち、顔を上げた太陽が再び、白壁を薄紫に染め上げた。タラは自分の心がそれを受け入れられたことを再度確信し、依然目を覚まさないシアンを見下ろした。おもむろにショールを肩から滑らせ、彼の胸元に掛けてやる。

「ありがとう、シアン」

 この気持ちをくれたのは彼だ。上書きはされなくとも、帰れる自分を目覚めさせてくれた。

 ──オレンジ・レッド……ほんの少しなら、お礼にあげるわ。

 そうしてタラは身を(かが)め、シアンの頬に口づけを捧げて、その色を微かに刻んだ。



 ──ありがとう……そして、さよなら。



 タラは起こさないようゆっくり身をよけて、静かに階段を上っていった──。