「では改めまして、タラ。以後お見知り置きを」
「え? あっ、ちょっ──!」

 シアンの顔がいきなり近付いてきて、途端左目の下に熱を感じた。懐かしい感覚──あの全身を巡る熱い血が、タラの内なる物をぐるりと動かしていた。

「ちょっと……一体どういうつもりヨ」

 長く触れた後、ようやく元の位置に戻った笑顔を見下ろし、釈然としない不機嫌顔を向ける。

「挨拶に決まってるだろ? やっとお互い名前を知ったんだ。これくらいのことは許されてもいい関係だと思うけど? ……あれ? もしかしてそんなにウブだったりする?? 意外だな~! そのギャップ、萌えるね」
「ちっがうわヨ! 挨拶ならほくろにしなくたってイイでショ! 第一ちっともフレンチじゃないじゃない」

 珍しく声を荒げたタラに、シアンの意地悪な視線と言葉は、更に彼女を熱くさせた。

「だってその涙ぼくろ、とても魅力的に思えたから。それに凄く美味しそうに見えて……現に美味しかった」
「ふざけないでっ!」
「ふざけてなんかいないって。そんなに顔を赤くして……そろそろ僕に惚れてくれた?」

 タラが言い負かせられない相手など、久しく現れたことはない。一度グッと唇を引き締めたタラは、夕陽から避けるように頬を逸らした。

「夕焼けに染められてるだけヨ。もうっ、冗談はこれくらいにして、ジャンジャン飲むわヨ!」
「そうこなくっちゃ!」

 まもなく温かな光は海に消え、ラヴェンダー色の闇が満ちる。夕陽を閉じ込めたみたいな赤ワインをくゆらせ、タラは一息に同じ色の唇へ流し込んだ。

 さて……この色が彼の唇へ、贈られることはあるのでしょうか?







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