「では……この奇跡の出逢いに」
「「乾杯」」

 シアンの掛け声に苦笑しながら、それでも合わせて言葉を繋ぐタラ。唇の奥へ流れる爽やかな酸味が、この空間を漂う潮の匂いに良く合った。

「とても美味しいわ。シャンパンもサンドイッチも……この風景も」

 一通りを堪能したタラは、グラスを空にして満足そうに微笑んだ。

「もう一杯どうぞ。少しは元気になったみたいだね?」
「え?」

 再びタラのグラスを満たしたシアンは、自身のそれにも継ぎ足し、正面の切り取られた空と海の絵画に目を向ける。

「テラスで見つけた君の横顔は、ちょっと哀しそうに思えたから。でも……勘違いだったらゴメン」
「……」

 シアンは視線そのままに呟き、タラも図星の表情を隠すよう、同じ青の世界で瞳を染めた。

「此処は先刻(さっき)のウェイター、ヴァレリーが教えてくれたんだ。マルセイユに着いたばかりの僕は創作に行き詰まっていて、仕事を放り出して当てもなく彷徨(さまよ)っていた。そんな時にあの店に辿り着いて……酒に呑まれていた僕に、この景色を見せてくれたのが彼だった」
「良いお導きを戴いたのネ」

 振り向いて「ああ」と一つ笑顔を見せたシアンに、タラもまた一つ元気を貰った気がした。

「これから日暮れて夕焼けの後、宵闇の降る頃に、この白い石壁が淡い紫に変わる。その色が……君のくれたショールの色に似ていた」
「なかなかロマンティックなお話だけど、何人の女性をその物語で酔わせてきたの?」

 シアンの甘い眼差しをかわすように、タラは流し目を細めて喉で笑った。折角のムードを害されたシアンは、

「んなこと誰にも話さないって! 第一……連れてきた女性は君一人だ。此処は僕の創作部屋みたいな物だからね。仕事と恋愛は一緒にしない」

 そう言って拗ねたように頬を膨らませた。

「じゃあ、どうしてワタシを連れてきたの? 同じ職業の人間にでも見えた?」

 再び真顔に戻るシアン。刹那タラも笑いを止める。

「……君は僕と同じ眼をしてる……から、かな」
「同じ……眼?」

 ふと彼の瞳は涙を(たた)えるように潤んだ。そして──