シアンのとっておきの場所とは、店裏手の急な階段を降りた先、断崖に囲まれた小さな入り江だった。

「確かに……ステキな所ネ」

 タラは独り、岸の端まで進みながら、小さく納得の言葉を零した。そそり立つ崖壁の間に、煌めく水面(みなも)が覗いている。その揺らめきがまるでキャンバスのような白い岩の表面に、美しい碧の紋様を投影していた。

「良かった、気に入ってもらえて。さ、ランチ……と言うよりアフタヌーン・ティーだね。戴こうよ」

 振り返った先には、この景色を楽しむ為に(しつら)えたみたいな、太い流木が横たわっていた。シアンはその上に厚手の大きなクロスをすっぽりと被せ、バスケットの中から取り出した料理を中央に並べた。その端に腰掛け、彼女をニッコリと手招きした。

「サンドウィッチ?」

 木皿にぎっしり盛り付けられた彩りを見下ろし、タラも逆側の端に腰を下ろす。

「シーフード・レストランだけどね。ハムとチーズ(ジャンポン・フロマージュ)のサンドもなかなかイケるんだ」

 フルート型のグラスを手渡し、勢い良く蓋を飛ばしたシャンパン・ボトルから、淡い桃色の液体を注ぐ。肉料理とは言え、きっとカシ産の白だろうと思い込んでいたタラは、驚きの(まなこ)にそのグラスを(かざ)した。

「シャンパーニュ地方の辛口ロゼだよ。この辺りではなかなか貴重な代物だね」
「……でしょうネ」

 フランス北東部から此処まではかなり遠い。未だ流通もままならないこの時代に、こんな南部でお目に掛かれるとは思えなかった。