「ラウルって? 昔の彼氏とか??」
「小さい頃から知っている弟みたいなものヨ」

 タラは再びそっぽを向くように、やや左手のカランクを見下ろした。こうして会話をしながらも、幾つものキーワードが自分を過去へ押しやろうとする。二十七歳──それは彼女が『彼』を葬った年齢だった──。

「エヴァンス様、大変お待たせ致しました。ご用意が出来ましたので、こちらに置かせていただきます」
「ありがとう、ヴァレリー。いつも助かるよ」

 ふと始まった右手からの会話に、振り返るタラの瞳。シアンから何かを言い付かっていたウェイターが、大きなバスケットを空いている椅子に置き、彼の礼に応えるようお辞儀をした。

「どうぞ良い一日を」

 ヴァレリーと呼ばれたウェイターは、朗らかな微笑みを(たた)えて室内に戻っていく。

「さて……どうか機嫌を直して、(うるわ)しの君。此処は沢山の視線が背中に刺さるから、遅いランチは場所を移して楽しもう。とびきりの景色が拝める良い所があるんだ」

 立ち上がったシアンは、ウィンクを決めながらタラの右手を取った。逆の手は「遅いランチ」らしきバスケットを持ち上げる。

「視線が刺さるのはアナタが有名人だからでショ。どうぞワタシまで巻き込まないで」
「まさか、僕の背に刺さっているのは、君に見惚れる男性陣の嫉妬の目だよ?」
「ワタシを突くのは、アナタに恋い焦がれる女性陣の目ヨ……」

 お互いの言葉で二人はそれぞれ背後を見渡した。刹那周りのテーブルから注がれていた男女の視線が、サッと逸らされる気配が漂う。いつの間にか二人は顔を見合わせて、同時にプッと吹き出していた。

 それを機に、心に吹く風はゆったりと凪いだようだった。タラは繋がれたシアンの手を払わずに、導かれるように店を出た──。