「どう、して……?」

 オレンジ・レッドの唇から出てきた言葉は、僅かに(かす)れた問い掛けだった。マルセイユと言ってももう随分街外れだ。それともこの店は思った以上に有名なのだろうか?

「あ! 先に弁解するけど、昨日あれから君を付け回して宿を知ったとか、今も後を追ってきたとかじゃないからね! 此処は僕の行きつけの店なんだ。君も良く来るの?」
「いえ……初めてヨ」

 青年は嬉しそうな表情を一変させて、慌てて「偶然」であることを主張した。「ご一緒しても?」とのお願いに、タラは唖然としながらも了承する。青年はカランクの美景を隠さないよう、タラの斜め右隣に腰掛けた。

「早速使ってくれてるのネ」

 降りてきた彼の首元を飾る、薄紫に目を留め微笑むタラ。

「もちろん! 凄く気に入った。これってラヴェンダー染めなんだね。巻いたらふわっと香ったよ。何処で手に入れたの? 近くのラヴェンダー祭り?」
「そ、うネ……何処だったかしら。ラヴェンダー街道を長く巡ってきたから、もう忘れちゃったわ」

 興奮気味の青年の質問に、途端嘘をついてしまっていた。ヴェル産だと打ち明ければ、すぐに身元が割れてしまう。けれど思えばどうして昨日、自分はこのショールを身に着けていたのだろう? あれ程『彼』を思い出してしまうラヴェンダーを、目にすることには消極的であった筈なのに……?

 ──自分の首に巻いていたら、自身では見えないからかしら?

 そんな答えが浮かんだ瞬間、ふと微かな笑みが零れていた。