上空は雲の流れから見て取れるように、それなりに風が吹いているようだが、テラスを抜ける空気は暖かく優しかった。夏を迎える太陽が時折(かげ)りながらも、遠い水面(みなも)を輝かせている。白い石灰岩の尖った崖壁も、陽の光を吸い込んだように眩しかった。

 こんな優雅な時間を味わうのは、思えば久し振りのことだった。カラーセラピーとは、色を求める顧客の心の内を探る仕事だ。気付かない内に自分の心が疲弊していたのかも知れない。それに気付けた今は……もう元気になれる方向へ上がっていける時なのかも知れない。

 タラは美しい風景と美味しい食事に癒されながら、締め付けてしまっていた心が少しずつほどけていくのを感じていた。やがてお酒(パスティス)食事(オードブル)も終える頃、再びメニューを覗いたが、その途端、折角弛緩した心は再び固く引き締められた。

 ──海沿いの街の名物は、どれも同じネ……。

 ふっと息を吐き出し、口元が苦笑で歪む。

『マルセイユの名物料理:ブイヤベースと共に、カシの白ワインをどうぞ!』

 ウェスティと対峙した城塞の街トゥーヴルーニー。あの地での決戦前夜の晩餐が、ラヴェルお手製のブイヤベースであった。こうやって辿り着くキーワードに巡り会う度、心が痛みを発してしまうのは、結局消化の出来ていない証拠だ。

「良くもまぁ、長いこと引きずられたものだわ」

 決着をつけてからもう七年、今でも縛られている自分に(はなは)だ呆れてしまう。タラは喉元の苦さを忘れるように、残り僅かのパスティスをあおった。そのグラスがテーブルに、カタリと小さな音を立てたその時──



「やっぱり会えたね。これって運命だと思わない?」



「え?」

 見上げた翠の瞳に映ったのは、自分を見下ろす緑青(ろくしょう)の瞳だった──。



■カランク



■パスティス:40~45度あります(笑)