「帰るべきなのかしら……」

 サイドテーブルに置かれたカードの山が眼に入った。ヴェルが海に降りてきてもう五年、既に各国との交流は始まり、観光地化も進んでいる。わざわざ旅をしなくとも、観光客相手のセラピーの需要はあるのだ。ハイデンベルクの工房へ戻れば、手が足りないからと染色の仕事も手伝うことになるだろう。

 けれどそれは否が応でも、ラヴェンダーに触れる機会が増えてしまう──『彼』を思い出してしまうということでもあった。

 ──今日はこれからどうしよう?

 堂々巡りの考えを断ち切って、タラは上半身をだるそうに起こした。

 もうあのスペースは何処かの商売(がたき)が使っているのだろう。それにあそこで昨日の青年と再会してしまうのも、どうも気乗りがしなかった──「ほらね! 会えると思ったんだ」──あんな安直で短絡な予測で、有頂天になられたまま今の心に踏み込まれても、スマートな返しは出来そうに思えなかった。

 見上げた掛け時計はもう十時を示そうとしている。

 ──食事に行きがてら、観光でもしてこよう。

 タラは愛用のネグリジェを脱ぎ捨て、シャワーを浴びに浴室へ消えていった。



■セナンク修道院



■ラヴェンダー祭り




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