その翌朝、タラは店を開かなかった。

 此処に来てから初めてのことだ。泊まっているシングルルームのベッドの上で、シルエットの美しい長い脚を投げ出したまま、ぼんやり天井を見詰めていた。

 ──こんなにアンニュイな理由は、本当は分かっている。

 タラは軽く溜息を吐き出し、身を丸めるように横を向いた。

 パリから南下してくる間に、つい立ち寄ってしまったゴルドのセナンク修道院。プロヴァンス地方に点在する、ラヴェンダー栽培地を繋ぐ「ラヴェンダー街道」も、その地で行なわれる「ラヴェンダー祭り」も、極力避けてきたというのに……中でも一番というほど有名なその場所へ、いつの間にか足を運んでしまっていた。

 修道院の手前に広がるラヴェンダー畑は、故郷(ヴェル)の南部を占める広大な群生地を思い起こさせた。そして──『彼』のあの瞳を。

 ──もうあれから何年経つと思ってるのヨ。

 タラがウェスティと出逢ったのは、まだ三歳にも満たない頃だ。それからちょうど十五年、毎日のように通った王宮の奥。あの日々が一番平穏で幸せだった──だった、のだろうか?

 久し振りに見たラヴェンダー畑は、彼女の心の深くから、何かを(えぐ)り出してきたようだった。

 カラーセラピーの修行を兼ねたこの旅も、気付けば二年を過ぎていた。そろそろ潮時なのかも知れない。旅は時に心を弱くしてしまう。渡り鳥だってたまには羽を休めるべきだ。一旦『巣』に戻って英気を養えと、祖国に言われているに違いない。