「僕が欲しいのは、君が首に巻いているショールの薄紫と」

 彼は右手の人差し指で彼女の首元を指し示し、更に、

「その綺麗なオレンジ・レッド」

 それは少し上へ移動して、タラの口先で留まった。

「あら、ヤダ。これは困ったわネ……」

 寄り目で指先を捉えたタラは、それから背もたれまで顔を遠ざけ、小さく溜息を洩らした。

「カード以外の物に目が行っちゃうなんて、カラーセラピスト失格だわ」

 唇と同じ色の爪先が、おもむろにカードを集め始める。気付けば二人の表情は、再び困り顔に戻っていた。

「えっと……ゴメン。僕、いけないこと言っちゃった?」
「いいえ、謝らなければならないのはこっちの方ヨ。まだまだ未熟者な証拠ってこと。アナタの所為ではないから心配しないで。でも、ゴメンナサイ、ちょっと今日はこれで閉店にするわネ」

 タラは既に戴いていたお代を返し、パラソルの下で立ち上がった。慌てて青年もそれに続いたが、彼の身長はタラより高く、パラソルの端に頭が(かす)ってしまう。

「おっと……でもどうか自信をなくさないで。そのショール、とても綺麗だと思っただけだから」

 一歩を下がり、パラソルの外へ出た青年の耽美な微笑が、眩しい陽に照らされた。

「ありがとう。気に入ったのなら、お詫びに差し上げるわ」

 首からショールをほどいたタラも日向に出て、丁寧に折り畳み、それを差し出した。薄紫──【彩りの民】であるハイデンベルクのラヴェンダー染め。

「いや……君だって気に入って使っているんだろ?」
「大丈夫ヨ。これなら幾らでも手に入るから。良かったら使ってあげてちょうだい。少なくとも「今のアナタ」には必要な色の筈だから」
「ありがとう。大切にするよ」

 遠慮がちに掌を見せていた彼の両手が、お礼を言いながら受け取って、タラは少しだけホッとした気がしていた。数日前から「心此処に無い」ことには自身でも気付いている。だからこそこんなことが起きたに違いない。そう意気消沈していたのは確かだった。