「いいや、貴方様の所為ではありますまい。先代王さえ惑わされなければ……」

 ナラシンハは僅かに苦々しい声を上げ、彼の(おもて)を上げさせようと手を差し伸べた。その腕の裏側から灰色の何かが僅かに姿を現す。ラヴェルは体勢を戻しながら微かに驚いた。

「あ……」
「おや、これは失礼を致しました。ひ孫が大切にしていたモモンガでございます。どうか手は出さずにおいてください。ひ孫が亡くなってから、どうも見知らぬ人間には威嚇するようになりまして……チビでも凶暴でございますゆえ」

 ナラシンハの骨ばった細い腕を、スルスルと上下に往復しては立ち止まり、ラヴェルを見詰めるそのつぶらな瞳はとても愛らしい。威嚇するなどとは到底思えないその姿に、ラヴェルはゆっくり手を近付けた。

「いっ、いやぁ……」

 ナラシンハは思わず制止の声を掛けたが、ラヴェルは老人に目配せし、それをやめることはなかった。

「おいで……」

 優しい声でモモンガを(いざな)い、微笑みを(たた)え静止する。同時にモモンガも動きを止め、じっとラヴェルを見上げたが、恐る恐るその手に乗り、更に上腕まで上がっていった。

「ほら……怖くない」

 寄せられた逆の手に、咄嗟に威嚇を示すモモンガ。灰色の背中を盛り上げ、その毛は緊張したように逆立った。

「怖くない……」

 目の前まで近付いた人差し指に、モモンガはとうとう噛みついてしまった。一瞬ラヴェルは片目を細め、その痛みに耐えたが、

「ほらね……怖くない」

 逃げようとしない彼の気持ちが伝わったのか、モモンガはそっと口を放し、詫びるように(にじ)み出た血液を舐めた。

「怯えていただけなんだよね」

 笑いかけたラヴェルの表情に、途端嬉しさを隠しきれず彼の肩を走り回る。目の前の光景にポカンと口を開けた老人へ、ラヴェルは一つお願いをした。

「ナラシンハ様、この子を自分に戴けないでしょうか?」
「あ、ああ……構いませんが……これは驚きましたな!」

 老人は我に返り、了承と感嘆の言葉を口にした。