◆タラとウェスティ共に十七歳、まもなく王位継承という時期の、とある日の二人の時間◆



「スティ! スティ~!?」

 王宮の奥の奥、森の深くに佇む古びた洋館。その回廊に良く通る元気な声と、軽やかな足音が響き渡った。

 突き当たりの扉を勢い良く開いたが、誰も居る気配はしない。興奮気味に呼び掛けた唇を引き締め、静けさの中キョロキョロと辺りを探る。薄暗い部屋の真中で立ち止まった時、いきなり後ろから柔らかく抱き締められた。

「──キャ!」
「ちゃんと居るよ、ティーナ。いつでも、どんな時でも」

 右耳の後ろから聞こえる落ち着いた声に、タランティーナは深く安堵した。もちろん彼が囁いたように、今まで何度も訪れたこの部屋が、空っぽであったことなど一度もないのだが。

「もうっ、隠れて驚かせるつもりだったの? 今日は、ラウルは?」

 少しばかりほどかれた抱擁の中で、ゆっくりと身を振り向かせ、背の高い彼を見上げる。いつも通り優しく美しい紫の眼差し、漆黒の髪は自分とは違い揺るぎなく流れ、整った面差しを凛とさせていた。

「先刻帰ったよ。すれ違わなかった?」
「ううん。……ん……」

 おもむろにウェスティの大きな掌が、タランティーナの滑らかな右頬を包み込む。近付いた彼の唇は、少女の左目尻のすぐ下──彼女を一層チャーミングに魅せる涙ぼくろに触れていた。

 その刹那、伸ばした先の彼の袖を強く握り締めてしまう。頬への口づけなど挨拶のキスと変わらない筈なのに、どうしてなのか必ず全身に熱い血が巡る。不思議な感覚を得て脱力しかけた身は、再び情熱的に抱き寄せられた。背後の揺り椅子に腰掛けた彼の膝に乗せられて、少しだけ目線の下に来た、その(おもて)をはにかみながら見下ろした。