『ラヴェル=ミュールレイン』



 うちの家系は女性世襲だ。

 彼は未来の希望を宿した名を、命の『鍵』に選んでいた。



 あたしと共にヴェルではない地で、けれどヴェルを忘れないよう自身の名に刻み込んで……『明日』を生きてみたかったんだ。



「おはよー、ピータン」

 ラヴェルの薄紫の髪の向こうで、丸まった灰色のピータンが目を覚ました。彼女もラヴェルと一緒に残り、そして『おはようのキス』だけはあたしに許してくれたので、こうして日課が出来ている。

「ね? こんないい天気、今日は何かが始まりそうな予感がしない?」

 そう言ってベッドサイドのカーテンを端へ寄せた。ピータンが眩しそうに、ラヴェルと同じ黒曜石の瞳を瞬かせ、「起きなさい」と言うように、彼の頬をペタペタと撫でた。


 あれからあたし達は沢山沢山泣いた。沢山泣いて涙は涸れて、声も出なくなった頃に夕闇が訪れた。

 足の治ったタラがラヴェルを背負い、あたし達は何とかコテージに戻った。彼の部屋のベッドに寝かせ、誰もが押し黙りラヴェルを見詰めたまま、いつのまにか次の朝を迎えていた。

 再び夕暮れがリビングを染めた頃、さすがにお腹が助けを求めた。それを機に何かが変わったんだ。

「ちゃんと食べないとダメだよ、ユーシィ」

 ラヴェルにそう言われた気がして、キッチンに立ったあたしは夕食作りを始め、タラとツパイも後に続いた。美味しい匂いが立ち込めた時には、みんなに幽かな笑みが戻っていた。