それから一年と七ヶ月後の……とある冬の朝──。

 あたしは自宅の寝室で、いつものように目を覚ました。

 この季節にしては暖かい一日の始まり。カーテン越しにキラキラとした光が注いでいる。あたしはベッドから起き出して支度を済ませ、『彼』の寝室に向かった。

「おはよう。おはよう、ラヴェル。今日はすっごくいい天気よ」

 そう呼び掛けて、いつもの穏やかな微笑を(たた)える、その唇に口づけた。これが此処へ戻ってからの、あたしの毎朝の日課だ。それから彼の頬に触れる。温かな血の通った柔らかな頬。けれどこの二年弱、彼が応えた試しはない。

「ジュエル……お願い、彼を呼び覚まして」

 左の瞼を優しく開き、ラヴェンダー・ジュエルに願いを込め、キスをする。

 ジュエルは仄かに光ってみせた。そう……ジュエル、あなたはきっと、いつか彼を取り戻してくれる。



 あのあたしが叫んだ最後の『パスワード』は、間違ってはいなかった。

 それはギリギリ間に合った──ラヴェンダー・ジュエルもラヴェルの肉体も、そして彼らが紡いだ歴史と云う、あたし達の中の記憶も消えなかった。

 けれどギリギリ間に合わなかったのだ──ラヴェルは目を……覚ますことはなかった。

 それでも彼は『生きている』。叫んだ直後触れた冷たい唇は、ちゃんと温かみを吹き返した。そしてそれは今も変わらない。