昏倒したかのように横たわったウェスティの唇が、ほんの少しだけ動いた気がした。片足を引き摺った創痍のタラが、そこから零れる言葉を聞き出そうとたどたどしく近付いた。

 ウェスティのザイーダを想像させる黄色い眼は、もう存在していなかった。以前のようなジュエルと同じ薄紫の色。衣服のあらゆる部分が紅く濡れていて、息遣いは荒く、紐のほどけた長い黒髪が青い草の上に広がった。

 彼はどうしてあたしの飛び込んだ背中に剣を突き刺さず、ピータンやアイガーの不意打ちにも気付かなかったのだろう? きっと彼なら対処出来た筈なのに。見通せた筈なのに。

 ジュエルが邪魔をしたのだろうか? それとも……ウェスティ自身が望んだ? 本当は彼もこんなバカげたこと、もうやめたかったのかも知れない。もう……訊ねることも難しいように思えるけれど。

「……ティーナ……」

 目の前にしゃがみ込んだタラに、ウェスティの命消えかかる瞳は、何とか焦点を合わせたようだった。そして現れた懐かしい呼び名。ティーナ──けれどタラは何も答えなかった。諦めたように瞳を逸らしたウェスティは、自分を嘲けるような(わら)いの空気を吐き出し……やがて事切れた。

「バカ……」

 タラもまたそんな色を含んだ言葉を呟き、大きく一つ肩を波立たせた。ウェスティの瞼を優しく閉じ、その右手が行く当てを失ったみたいに宙に(とど)まる。彼女の背後に立つあたし達には見えなかったけれど、タラは幽かに泣いている気がした。

「死んでもワタシを引き止めようとするなんて。まったく……やっぱりアナタは愚かヨ、スティ」

 揺らぐ声には愛情が見え隠れした。最後に呼んだ『スティ』という呼び掛けも、半生を共にした彼への哀悼の言葉だったのかも知れない。