あたしは匂いを辿るアイガーを追い掛けて、とにかく走りに走った。いつもの格好とは違う上に、髪も(まと)めていないのでとても走りづらい。それでも今もうもしかしたら、ラヴェルとタラは闘い傷ついているのかも知れない、そう思えばこそ……そんなことなどどうでも良かった。

 アイガーの行き先は海とは正反対の山道だった。初めはそれなりに広い道幅だったけれど、進むにつれ細くうねってゆく。袖や裾が草を(かす)め、徐々に行く手を遮り出した。最後には草を掻き分けながら泳ぐように進んで、その繁みの中でアイガーがふと足を止めた。そして気付く……土と草の焦げた臭い……この先から感じる。

 あたしは身を(かが)め、草叢(くさむら)の切れ目から遠くを望んだ。木々の乱立する隙間に細く長い人影が映った。視界の真正面に横顔を見せる立ち姿のウェスティ。彼の視線の先、三本の幹分離れた距離にはレイピアを構えたタラが相対していて、ラヴェルは──同じ程度の間隔で、ウェスティの背中にソードを向けていた。

 周りは小花の咲き誇る美しい森の真中なのに、あちこちの地面から灰色の煙が湧き立っていた。見れば一メートル程の円状に草が燃え(くす)ぶっている。ウェスティの魔法なのだろうか? 既に二・三十のそんな痕があった。加えて幾つものザイーダの屍骸も。二人はこの攻撃をかわしながら、ウェスティの懐を狙ってきたのだろうか?

 ウェスティは攻めの姿勢を見せず、ただ凛と立っていた。以前あたしを迎えに来た時の馬にも乗れる軽装に、髪を後ろで一つに縛っている。その両腕は自然と垂れているように見えたけれど、両手には……二本の細身の剣が握られていた。