=コン、コン=

 その時ノックの音が響き、あたしはふと目を覚ました。あれ……やだな……涙が流れている。

「ユーシィ、帰ってたんだね。……大丈夫?」

 顔をゴシゴシと(こす)り、普段の調子を心掛けて扉を開く。目の前に現れたラヴェルの「大丈夫?」は何に対してだったのかしら? ミルモのこと? あたしのこと? いや「今、時間大丈夫?」との問い掛けかも知れない。

「うん、大丈夫だよ。ウロウロしてきたら少し疲れたのかも、ちょっと寝ちゃってた」

 いつになくにこやかな返答をしてみせたのは、『大丈夫でない部分』を隠す為だったのだろうか。自分でも分からなかった。

「シーフード買ってきてくれたんだね。夕食は何?」
「? あんた、そんなこと訊きに来たの? 一応イカ墨と貝のリゾットのつもりだけど」

 言って愕然とした。あたしも依然ラヴェルを「あんた」と呼んでいる……何て酷い呼び方だ。

「いいね。じゃ、楽しみにしてるから」
「え? あ、あのっ」

 ラヴェルがニッコリ笑って(きびす)を返したので、あたしは思わず引き留めていた。きっとミルモとの初接触を心配して来てくれたのだと、敢えて訊かずに戻ろうとしているのだと気付かされた。

 彼はあたしの声に立ち止まり、今一度振り返った。でも、どうしよ……ミルモのことは言いたくないし、一体何を話せばいいのよ!?

「ユーシィ」

 困って俯いた左頬が、刹那ラヴェルの右手で包まれ上げられる。視界は彼の足先から真剣な表情に変えられて──

「全てが終わったら……もう一度、キスしてもいい?」

 ──え!?

 あたしは声も出せないまま、しばし固まってしまっていた──。



■円柱のある教会



■手刺繍



■銀細工



■民族衣装