「ありがとね……ご、ごゆっくり~」

 あんまり優しくされたら戸惑うじゃないか。そんな気持ちを隠せないまま、温かなマグカップを両手で受け取り、(きびす)を返すラヴェルを見送った。離れていく男らしい広い背に、あたしの前から去っていった『あの人』が重なった。でもラヴェルは長髪でも黒髪でもないし、『あの人』の年齢でもない。ああ、でも、本当は黒髪なんだっけ? 伸ばしたら『あの人』の年の離れた弟くらいには思えるのかな。

 あたしが『あの人』に出逢ったのは、もう十年も昔のこと。きっとその時『あの人』は、今のあたしと同じ十八歳位だったと思うから、今は三十手前だろう。もう……結婚でもしちゃっただろうか。それでも『あの人』との約束は叶えたいんだ。だって『あの人』は言ってくれた──「ユーシィ、いつか西へおいで……君の楽園を見せてあげるから」って。だから──



 あたしはいつの日か西へ行く。飛行船に乗って、『あの人』とあたしの楽園を見つける為に──



 『西へ』のキーワードを忘れないように、あたしは名乗らなかった『あの人』に名前を付けた。『ウエスト(西)』って。命の恩人である彼に、再会してお礼を言いたい。その為に此処へ来たんだ。

 おじいちゃん、空から見てて。あたしは父さんと母さんを殺した化け物を、やっつけてくれたウエストに必ずお礼をしてみせるから……って、おじいちゃんも父さん達と居るのね。天国で一緒に。