「普通そういうのって、手の甲とかホッペとかに、するもんなんじゃないのかしら……!」

 思わず殴り掛かりそうな右腕を左手で抑えつけて、あたしは少し俯き唇を打ち震わせた。見下ろす視界は『こいつ』の(まと)う黒いマント──って、その時代遅れなマントは何なのよっ。

「ふふ……バレた? ほら、君の唇、魅惑的だったから」
「はぁっ!?」

 み、み、み……魅惑的っ!?

「そ、そんな見えすいたお世辞言ったって、許さないんだからっ!! ……返してもらうわよ……」
「??」

 相変わらずの懐っこい子犬みたいな笑みを刻んで、『そいつ』は首を(かし)げてみせる。うぬぅ……益々忌々(いまいま)しい! 絶対絶対返してもらうんだからっ!!

「麗しきお姫様に、自分は何をお返しすれば良いのかな?」
「あんたって……よっぽど他人(ひと)を怒らせるのが好きなのね……!」

 あたしはとうとう『そいつ』の首元を引っ掴んだ。やがて唾を飛ばしてまくし立てる。



「何をじゃないわよっ! あたしのっっ!! ファースト・キスを、よっっっ!!!」



 見える清々(すがすが)しい(みどり)の風景に、心からの雄叫びは辺りの全てを停止させた──。



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