「起こしてしまったかな? 気分はどうだい? 夕食の誘いに来たのだが」

 目の前の長身から優しい声が降り注ぐ。それは心配そうに遠慮がちで、やっぱり彼が『殺戮者』だなんて信じることは出来なかった。

「は、はい……少し楽に。でも……フルーツを戴いた所為か空腹は余り……」

 つい俯きがちに答えていた。顔を見られたら嘘がバレてしまいそうだ。身体の前に垂らした両手をキュッと握り締め、思わずラヴェンダー・ジュエルに祈っていた──どうかあたしの声を震わせないで! と──。

「そう……もう少し眠るかい? 先刻(さっき)寝着を渡し忘れてしまったから、これを着て休むと良い。そのドレスでは落ち着かないだろう」

 そうして後ろ手に抱えていた布包みを渡された。こんなに良くしてくれるのに……本当にウェスティが、あのザイーダという化け物を使って、あたしの両親を殺したの?

「ありがとう……ございます。明日にはきっと、元気になりますから」
「楽しみにしているよ」

 下を向いていてもウェスティが微笑んだことは感じ取れた。寝癖で乱れた髪を整えてくれるように、ゆっくり頭を撫で(きびす)を返すウェスティ。その後ろ姿に淋しさを感じて、そして或ることを思い出してふと呼び止めていた。

「あ、あのっ……」
「? 何だい?」

 そうだ……明朝じゃ間に合わないんだった!

「えー、えっと……もし夜中に目が覚めたら、あのテラスへ出ても良いですか?」

 途端口を突いて出た言葉はそんな問い掛けだった。

「ああ……大丈夫だよ。ではあのテーブルの傍にソファとランプを(しつら)えておこう。今の時期は夜風も気持ち良いに違いないね」
「ありがとうございます、ウェスティ」

 にこやかな笑顔と小さく手を振り返し、再び歩き出した背中を見送った。にこやかな──ぎこちなくなかっただろうか? そして──テラスに出たあたしを、彼は追い掛けてくるだろうか──?