「おまたせ、ユーシィ。おいで、ピータン!」
「え? ピータン??」

 ぼんやり自分の先に思いを馳せている内に、目の前のテーブルからトマトの良い匂いが漂ってきた。見下ろした先には見覚えのあるポトフと、赤いソースのかかったパスタに飲み物、そしてあの契約時にあたしが摘まんでいたナッツがあった。そう言えばあたしが支度をしている間に、こいつはナッツの樹の場所を尋ねて、収穫するんだと出掛けていたっけ。

 『ピータン』って確かずっと東の国の、卵の加工食品じゃなかった? なんて記憶を辿っている内に、自分の遠く右側の棚から何か小さな物が飛んできた気がした。あたしはさっとその方向へ顔を寄せたけれど、それは既に正面に坐したラヴェルの肩に留まっていて……

「え! モ、モモンガ!?」

 黒々としたつぶらな瞳が愛らしい薄灰色のモモンガが、鼻をヒクヒクさせながらこちらを見詰めていた。

「か、可愛い~!」

 思わず叫んで胸の前で両手を合わせてしまった。ラヴェルの指先に顔を撫でられた『ピータン』は、嬉しそうに目を細めている。……って、名付けのセンス、悪過ぎないか?

「飛行船の外は煙が充満していたから、とりあえず此処に残していたんだ。元々夜行性だけど、日中も動けるように躾けてあるのに、今まで出てこなかったのは……どうも君に警戒していたみたいだね」
「えぇ~あたし、危害なんて加えたりしないのに……。ね! あたしにも触らせてもらえるかな?」

 そう言って恐る恐る手を伸ばしてみたけれど、

「……時間が掛かりそうだね。多分この子、もう気付いたみたいだ」
「一体何に気付いたのよ?」

 あんなに無垢な表情だったピータンが、一転牙をむくようにあたしに威嚇を示したので、ラヴェルがそれを(いさ)めながら言った言葉とは──



「ご主人様が、君に恋してるってことに」



「はぁっ!?」

 こんな可愛い小動物を手懐けるラヴェルなら、意外に無害なのでは? と思ったあたしの願望は、即座に(ことごと)く砕け散っていた──。