〜品川車両基地〜

ここでの仕事は夜中がメインとなる。

仕事を思えた車両が、次々と帰って来る。
各駅で朝を迎える車両もあるが、定期的にはほとんどの車両がここで点検や改修を受ける。

「先輩、こんなことも仕事なんですか?」

先週入ったばかりの新人を連れて、品川駅近くの信号機の点検をする熊谷拓哉。

「全く、いつの時代のものですかこれ?」

新人が工具で、カンカンと叩く。

「バカ野郎❗️」

厳しいと聞いてはいたが、急に怒鳴られ驚く。

「丁寧に扱え!この信号の一つ一つが、大切な命を守ってんだ!」

「す、すんません」
(マジ恐ぇ〜。逆らわないのが身のためか)
内心納得はいかないまでも、マジなトーンに萎縮させられていた。

(ふぅ〜。何を神経質になってんだ俺は)

「悪ィ、つい怒鳴っちまった。早く済まて、車庫へ帰るぞ」

近年は、パワハラ含むメンタルヘルスも会社理念に加わっていた。

(やり難い世の中になっちまったぜ)

物思いに耽《ふけ》るかの様に、夜空を見上げた。




〜岐阜県下呂市〜

草津、有馬と並ぶ、日本三大名泉の下呂温泉。
夫が予約した有名な宿に泊まる2人。

「はぁ〜いい気持ち」

「東京に戻りたくなくなりますね」

「恭子さん、お昼はご馳走様でした。お弟子さんとはいえ、さすが『鈴蘭』。私なんかじゃ説明がないと、何の料理だか分からないくらいでした」

「ありがとうございます。手は込んでいますが、和食ならではの食材の味は、シッカリ出しているつもりです」

「そうそう、食べてみるとよくわかります。しかし、板長さんまで挨拶に出て来て、かなりプレッシャーかかってたりして…」

事実、あの鈴蘭恭子が来てると知った厨房は、いつもより増して緊張感が漂よい、予定よりかなりグレードアップした料理が出されたのであった。

「アハッ。そんなことないですよ、私なんか。でも、すごい食材が沢山使われてて驚きました。旦那様の愛情でしょうね。お邪魔して良かったです」

「ないない💦そんなに気をまわせるほど、器用な人じゃないですから。あれは、きっと板長さんの恭子さんに対する挑戦ですよ。ハハハ」

さすがに良くお分かりで💧

「羨ましいですわ、仲の良いご夫婦で」

「失礼ですが、ご結婚は…?」

「あ、はい。一度しましたが、お互い忙しくて。話し合って別れました」

「そうでしたか。確かにお忙しいですものね。それではお子さんも…」

「ええ…《《もう》》いません」

「あら、私ったらごめんなさい。ついつい。夫の商売が移ったかしら💦。ちなみに、私達は話し合って、子供は作らないと決めたんです。無鉄砲な刑事ですからね、うちの人は、ハハ」

悲しげな表情に焦った雅恵であった。

「しかし本当に、いいお湯ね。なめらかな肌触りで、ツルツルするし。化粧水をつけたような美肌効果があるって書いてありましたわ。まぁ…恭子さんには必要ないかな」

「とんでもない。普段はお肌のことなんて気にもしてられないから、ここの温泉の素を買って帰ります」


思いもしなかった出逢いで、日頃のストレスを十分解消できた2人であった。