救急車、パトカー、消防車が続々と集まる。

「あなた、大丈夫ですか?」

呆然《ぼうぜん》としていた豊川に、警察官が話しかけた。

「おぉ、俺は大丈夫だ、怪我人を!…雅恵!」

慌てて元の車両に戻る。

「私はいいから、あの方を早く!」

この夫にして、この妻である。
警察官の妻として、冷静な対応をしていた。

「雅恵、あとは救命士に任せて出るぞ」

軽く妻の体を抱き上げ、外へと出た。
妻を下ろし、惨事を改めて眺める。

「ギリッ」
奥歯を噛み締める豊川。

「雅恵…」

「分かっておりますよ」

「すまん」

近くにいた警察官を呼び、警察手帳を見せる。

「警視庁の豊川だ、悪いが妻をホテルまで送ってもらえるか?タクシーでもいいから頼む」

まさかの警視庁に驚く。
「ご、ご苦労様です。畏《かしこ》まりました」

「すみません。タクシーをお願いします」

「はい!ただいま」
その雅恵にまで敬礼し、タクシーを呼ぶ。

再び電車へと戻る豊川。
結局、彼がホテルへ行くことは無かった。

大勢の人員と重機を用い、3時間かけて、何とか運転士の遺体が回収された。 

その運転士の様を見るなり、警察と救命士は、全身圧迫による即死で済まそうとした。

しかし豊川は、わずかに覗いた顔や、千切れた腕の様相から、疑問を抱いていたのである。

「まてまて、警視庁鑑識部の豊川だ。ちゃんと検死した方がいいぜ。あの様相は普通じゃねぇ。対応できる病院はどこだ?」

「け…警視庁の方がどうして?」

驚くのも無理はない。
普通ではあり得ない偶然である。

「そんなこたぁどうでもいい。検死は時間が命だ、今すぐできる病院はどこだ?」

「わ…わかりました。愛知の大学病院へ搬送して検死しますが、明日の朝になります」

さすがに、警視庁のしかも鑑識部長からの指示を、無視する訳にはいかない。

「分かった。俺も付き合うから、乗せていけ」

強引に入り込む豊川。
プロの血が騒いでいた。

少し場を外して、電話を掛ける。

「遅くにすまん。俺は明日の検死に立ち会う。悪いが旅行は…」

「はいはい、大丈夫ですよ。丁度ホテルで鈴蘭恭子様にお会いして、明日は彼女のお店へ寄らせて貰い、夜はあなたが予約してくれた、下呂温泉へ二人で泊まらせてもらいますから」

「恭子さんと!…そ、そうか、それは良かった。この埋め合わせは、また必ずするからな」

「期待しないで待つとしますわ。ではお気をつけてくださいね。おやすみなさい」

それはそれで予想外の事に、暫し呆然とする。

「では警部殿、行きましょう」

可児市警の交通課長と救急車に乗り込んだ。
こうして、豊川の短い休日は終わった。



〜東京 対策本部〜

今夜は泊まりを覚悟した、咲、紗夜、淳一、昴、そして富士本。

何気に付けたWebニュース。

「岐阜県でローカル線の正面衝突だってよ」

「眠れないのは何処も同じ様ね、あら?」
映像を見ていた咲が気付いた。

「あれって…豊川さんじゃない?」

「あっ、本当ですね」
昴も冷静に驚いていた。

「休暇返上ですか…お気の毒に」
紗夜には、何故かそれが運命の様に思えた。

『…なお、事故にあった電車に、偶然乗り合わせていた警視庁 豊川警部の処置により、奇跡的に乗客の命は助かったとのことで…』

「やるじゃねぇか、なぁ紗夜」

「さすがですね。きっとそのまま、検死にも立ち合うんでしょうね、彼なら」


「さあさあ皆んな、明日は朝9時から、対策会議だ、少しでも休んでおけ」

富士本の声に、疲れを感じた紗夜と昴。
紗夜と昴には、人の心を読む能力があった。

「富士本さんも、無理しないで休んで下さい」

「ああ、そうするよ。はぁ…」

それぞれが無意識の内に、大きな事件の始まりを感じていたのであった。