暴走環状線

聞きながら、作業に没頭していたヴェロニカ。
その携帯が鳴った。

「はい、早かったじゃない。で?はいはい、了解、ありがとね〜」

「何ですか?」昴が聞く。

「何でもないわ、ほらほら急がなきゃ」

(安心していいわよ、紗夜)

「えっ?」紗夜と昴がヴェロニカを見た。

「あそっか、昴ちゃんも《《きこえる》》んだったわね。そうゆうことよ」



〜山手線内〜

騒めきが大きくなっていた。

「皆さん、もう少し我慢して下さい」

いつしか乗客達に、犯人への恐怖心は消えて、3人への嫌悪感と怒りが増していた。

「なぜ、帝銀の菅原義光が真実を隠す必要があったのか?」

あちこちで疑問の声が上がる。

「その答えが、今私が人質にしている少女、菅原梨香です」

梨香が映る。

「この娘《こ》は、菅原義光の一人娘で16歳。10年前のあの車両に乗るはずだった1人です。品川駅で車両が発車出来なかったのは、この娘がまだ着いていなかったことが原因でした」

うつむいた梨香が両手で耳を塞ぐ。

「あの清和幼稚園は、菅原義光の金銭的な援助を受けていて、あの貸切車両も駅長、園長への裏金で成り立っていました。だから、この娘を置いて発車できなかった」

複雑な騒めきが起こる。

「この娘が遅れなければ、遅れたのが菅原の娘でなかったら、あの事故は起きなかったのです」

人質となっている少女を前に、それを単純に非難できない人々。

「皆さんは今、この娘を見ているから、恐らく同情しているでしょう。でももし、あの時。19人の園児が死んだ事故が、1人の園児、しかも権力者の娘が遅れた為に起きた。そう報じられたら、今と同じでいられますか?」

「泣いてる…」
涙を流しながら、紗夜が呟いた。

カメラが土屋香織を映す。
ざわめいていた声が、彼女の涙で静まる。

「真実が分かれば、マスコミは必ず菅原義光だけでなく、その家族を、そして当時6歳だったこの梨香さんを責め立て、世間はこの娘の人生を一生非難するでしょう」

マスコミに左右され、事件関係者の迫害、非難が常である世の中である。

「私だって…憎い。この娘を殺して、子供を殺される苦しみを、義光《コイツ》に味合わせてやりたい❗️でも…でもそれは間違ってる」

涙が溢れ、唇が震える。

山手線のあちらこちらで、同じ様に涙を流す親達がいた。

「憎い…でも、義光は『待て』とは一言も指示してはいなかった。全ての判断の遅れは、後ろめたい金を手にしていた、園長と駅長によるものだった…」

「土屋…おまえは…なぜそこまで…」

義光の呟きが聞こえた。
確かに、今までの真実にしても、被害者の親が知り得るはずのないことである。


土屋が銃口を、梨香の頭から外した。