柊子は俺のことを好きだと言ってくれた。毎日可愛い寝顔を見せてくれるし、一緒に食卓につく。そりゃあ、肉体的な接触はまだないけれど、充分幸せなのだ。

「先輩、気をつけた方がいいですよ。奥様美人さんだし、既婚者でも男性が放っておかないです」

一瞬、河東のことがちらついた。
いや、柊子は相談相手だったと言っていた。どんな相談だったかは聞いていないが、俺と両想いだとわかった今、軽率に連絡を取り合うこともないだろう。

しかし、同時に中高と周りに人が絶えなかった人気者の柊子の姿が浮かぶ。水平に言われなくてもわかっている。
柊子は誰からも好かれるのだ。俺が心配になってしまうくらい。

「ちゃんと捕まえておくから大丈夫」
「奥様の気持ちがわからなかったら、私に相談してくださいね。女の気持ちは女に聞くべきですから」

典型的な浮気の誘い方だが、やはりどうとでも言い逃れできる距離にいるあたり、水平は賢い。

そこにエレベーターが到着する。ドアが開くと、待ち合わせ相手の兄がいた。

「瑛理、それに水平さんじゃん」

水平はやはり兄貴が苦手のようで、表情を曇らせ「お疲れ様です。志筑課長」とつぶやいた。
エントランスに到着すると、水平は挨拶をし足早に去っていった。

「水平を追っ払うにはやっぱり兄貴だな」
「だねー。瑛理、今度俺のこと勧めてみなよ。兄貴は独身で条件いいよーって」

そんなことをにやにやと言う兄は、水平に興味があるというより、嫌われていることを面白がっているように見える。
確かに、俺の知る限り、兄は人に好かれる質だ。