「瑛理……好き」

しかし、次の瞬間瑛理ががばっと私の身体を引きはがした。
この前の公園でも、こんな感じでハグを解かれたような……。びっくりする私に背を向け、瑛理は呼吸を整えている。

「え、瑛理?」

何が起こったの?とのぞき込むと瑛理は、真っ赤な顔のまま視線を合わせてくれない。

「待って、柊子。落ち着くから」
「なに? どうしちゃったの?」
「柊子のこと、大事にしたい。……その、そういうことはゆっくり進めたいと思ってる」

そういうこと。その言葉の意味に私は全身から湯気が出そうになった。今までの何倍ものパワーで心臓が鳴り響き始める。
確かに、私はたった今までものすごく期待していた。そのことが急に恥ずかしくなった。

「高校のとき、軽率に柊子に触って。……すごく反省してるし後悔してるんだよ」
「あ、あれは……」
「俺としては、柊子と恋人になりたくて、ああいうガキくさいことをしたんだけど。もう、俺も大人だし、おまえを怖がらせるようなことはしない。誓う」

瑛理はまだ赤い頬のまま、私を真剣に見つめる。

「両想いだってわかったし、今日はそれで満足。ここから時間をかけて、俺と夫婦になってくれますか?」

恥ずかしいし、怖いし、不安だけど、今夜瑛理とそうなってもいいと思っていた。
だけど、瑛理がここまで考えて我慢すると言ってくれている。その気持ちは嬉しい。だから、瑛理の決断に従いたい。

「はい」

私はうなずいて、瑛理の手をぎゅっと握った。今、一番ふさわしい距離だと思った。
瑛理は私をないがしろになんかしていない。雑に扱ってなんかいない。
隠した気持ちを裏返したら、これほど純情で愛情深い気持ちが眠っていたなんて。

「瑛理……、大好き」
「俺も、好きだよ」

私たちは違いの手を握り合って、真っ赤になって見つめ合うしかできなかった。
その晩はダブルベッドで眠りながらも、清い距離を保ち続けたのだった。