19時ちょうどに指定された通り上野駅に到着する。瑛理から電話が入り、言われた通り恩賜公園を抜けて不忍池に出る。弁天堂近くで瑛理が待っていた。

「来てくれてありがとう」

瑛理は無表情で礼を言った。
瑛理らしくない態度だ。感謝の気持ちなどを私に口にすることがないというのがひとつ。そして、この無表情がひとつ。
瑛理は私にサービス精神旺盛な笑顔は見せないけれど、それでもここまで無表情なことはない。割と表情豊かな方だ。

「いえ、私も話したいことがあったし」

きっと瑛理は本気で私との関係改善の話し合いをするつもりなのだ。

私たちは並んで歩きだす。弁天堂を抜ければ、瑛理と暮らす予定のマンションが近いが、マンションに寄る用事もないし、ぐるりと池に沿って進むことにした。
不忍池は蓮の群生地だが、春はようやく若芽が伸びだしたくらいで、まだ花もない。四月の終わりの夜は、歩くと上着を脱いでもいいくらいの温かさだった。

「この前のこと、謝りたいと思って呼んだ」
「河東くんとのこと?」
「河東本人にも会ってきた。柊子とは付き合ってないって。でも、おまえと付き合いたくて狙ってると言っていた」

私はうなずく。

「そう言われてる」
「離婚したいのは河東のためではないんだよな」

詰問口調ではなかった。どちらかといえば、瑛理の声は遠慮がちな確認に聞こえた。

「うん、河東くんは関係ない。私たちふたりのために、別れたいって考えてた」
「俺は別れたくない。同居もしたいし、柊子とは仲良く夫婦としてやっていきたい」
「なんでよ」

思わずきつい声で問い返してしまった。仲良くだなんて、どこまで本気で言っているの?