翌日の昼休みのことだ。
お弁当を食べながら、終わらなかった午前の仕事を片付けていると、受付から来客を告げる内線が入った。社内取次がメインタスクの私に来客だなんて珍しい。

『柊子さん、ご主人ですよ』

受付の女性のその言葉にさすがに焦った。瑛理が来ている? どうして古賀製薬のオフィスにやってきたの? そういえば、昨日だって私の知らないうちに兄に会いにきていたのだ。

「すぐに行きます」

スマホを見れば、瑛理からのメッセージが入っていた。仕事をしていて気づかなかったけれど、気づいていれば来社を止められたのにと歯がゆく思った。
エレベーターホールからエントランスへ出ると、スーツ姿の瑛理が待っていた。疲れた様子もない。いつも通りぱりっとしていて、小憎らしいほどにイケメンだ。

「瑛理、何をしにきたの?」
「親父さんも邦親さんも外出だって、昨日お義母さんから聞いて知ってたから、会いに来た。会社なら周りに迷惑かけたくなくて出てくるだろ。見栄っ張りだからな、柊子は」

ふんとバカにしたように鼻を鳴らして言うのだから腹が立つ。昨日まで毎晩私に会うために通ってきた男とは思えない偉そうな態度に、私は深くため息をついた。

「ともかく、外へ出ましょうか」
「いや、約束を取り付けに来ただけだから。メッセージ無視とかされても困るし」
「は?」
「今夜19時、上野で。不忍池周りを歩きながら、少し話そう」
「ええ?」

ここで私が拒否をしたり、嫌がっているそぶりを見せれば、受付の女の子たちに見えてしまう。会話は聞こえなくても、様子は伝わるだろう。それは避けたい。

「瑛理」
「頼む。話がしたい」

瑛理は短く言って、一瞬ものすごく真剣な顔で私を見た。息をのむ私から離れ、瑛理は片手をあげた。

「それじゃあ、また」
「待って」

何事もなかったかのように瑛理は古賀製薬を出て行った。これでは行かないわけにはいかないじゃない。