「ただいま」

21時過ぎ、兄が帰宅した。今日は少し遅く、私と父が先に帰宅していた。

「今日、瑛理が俺のところに来たぞ」

兄は私の部屋に顔を出しながら言う。我が家だけじゃなく、オフィスも訪ねていたということだろうか。

「柊子と話をしたい、会うのを認めてほしいと言うから、柊子が嫌がる限りは無理だと伝えてある」

ベッドに腰かけていた私は、深々と兄に頭を下げた。

「ごめん、迷惑かけて」
「俺はいい」
「でも、来週には瑠衣さんが挨拶に来るのに。こんなタイミングで」

兄は私と瑛理の結婚に合わせて、年上の恋人を両親に紹介しようと思っていたのだ。これでは水を差すことになってしまう。さらに私と瑛理の離婚まで決まってしまっては、両親は落胆するだろう。兄の結婚への足枷にならなければいいのだが。

「俺と瑠衣のことは気にするな。どさくさに紛れて認めさせようとずるいことを考えていたのは俺だし、もし反対されても瑠衣以外と添う気はない」

そうはっきり言い切れてしまう兄を羨望のまなざしで見つめた。すごい。兄はどうして揺らがないのだろう。この人だと確信できたのだろう。

私はずっと揺れている。
好きなのに、好いてもらえなければ勇気も出せない。蓋をしてなかったことにしても、ちょっとでも希望を感じれば気持ちが動き出してしまう。
それでも踏み切れなくて苦しくて……。